
愛宕山から見た東京タワー
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【旧字体で今と歴史を再確認】
この昭和史を書いていると、中には最近の出来事のような項目も多くあるのに驚きます。今日のニュースや新聞を読むときに、「国家」を「國家」・「国民」を「國民」に置き換えるだけで、この歴史が、私たちが思っているほどは、特殊なものではないことがわかります。
【金融恐慌の時期】
1925[大正14] 7/12 - 東京放送局(JOAK)が東京愛宕山で本放送を始める。
1926[昭和 1] 8/ 6 - 日本放送協会(NHK)設立
1927[昭和 2] 3/15 - 片岡大蔵大臣発言で東京渡辺銀行が休業、金融恐慌に
1927[昭和 2] 6/ 1 - 立憲民政党(総裁・浜口雄幸)結成
1927[昭和 2] - 育児制限と不況の影響で、出生率が大幅に減少
1928[昭和 3] 2/20 - 最初の衆議院議員「普通選挙」
(※25歳以上の男性への平等選挙)
1928[昭和 3] 6/29 - 普通選挙実施に伴う、「治安維持法」改正
1929[昭和 4]10/24 - ニューヨークウォール街で株式市場大暴落(暗黒の木曜日)、世界同時不況に
1929[昭和 4] - 大卒者の就職活動難が深刻化
1931[昭和 6] 4/ 1 - 不況対策のため、これまでの自由生産販売を統制する「重要産業統制法」成立
1931[昭和 6] - 若い娘の身売りが増加
【国民精神総動員】
1932[昭和 7] 5/15 - 五・一五事件が発生
1933[昭和 8] 3/27 - 国際連盟脱退
1934[昭和 9] - 結婚ブーム
(軍需景気により)
1936[昭和11] 2/26 - 二・二六事件が発生し、東京市に戒厳令施行
1936[昭和11] 4/18 - 国号を「大日本帝国」に統一
1936[昭和11]11/ 7 - 新国会議事堂完成
1937[昭和12] - 標語「国民精神総動員」
1938[昭和13] 4/ 1 - 国家総動員法公布
1938[昭和13] 4/ 1 - 国民健康保険法公布
1938[昭和13] 9/ 1 - 新聞用紙供給制限令実施
1938[昭和13] - 乗用車の生産禁止 
1938[昭和13] - 内幸町に「NHK東京放送会館」完成

内幸町にあった「NHK東京放送会館」の跡地、現在の”日比谷シティ”・記念碑がひっそりと・・・
1939[昭和14] 8/15 - 東京市、「隣組回覧板」を10万枚配布
1939[昭和14] 8/19 - テレビ実験放送公開 
1939[昭和14] - 標語「日本人なら、ぜいたくはできないはずだ!」
【大政翼賛会発足】
1940[昭和15] 8/15 - 民政党の解党で、全政党の解党が完了
1940[昭和15]10/12 - 「大政翼賛会(たいせいよくさんかい)」発足
(※政党は「大政翼賛会」一つだけとなり、議会は全員同じ政党のため、賛同の拍手をするだけの場に。)
1940[昭和15] - 内閣情報局を、新聞・雑誌・ラジオ放送などのメディアを一元的に統制するために設置
1940[昭和15] - 町内会・隣組を設置
1940[昭和15] - 月給からの源泉徴収制度の開始
1941[昭和16]8 - 「太平洋憲章」が、チャーチル(英)とルーズベルト(米)にて調印される
1941[昭和16]10/18 - 近衛内閣が辞職し、東条英機内閣成立
1941[昭和16]12/ 8 - 日本軍・真珠湾攻撃
1942[昭和17] - 優良母子家庭表彰(産めよ増やせよ政策)
1942[昭和17] - 幼児と妊婦にパン切符配給制
1942[昭和17] 1 - 日本軍・各地に展開
【戦況悪化】
1942[昭和17] 6/ 5 - 日本軍・ミッドウェー海戦で4空母を失い、戦局悪化の転機
1943[昭和18] 2 - 日本軍ソロモン群島のガダルカナル島から撤退を開始
1943[昭和18] 5 - 日本軍アッツ島守備隊2千数百名が玉砕
1943[昭和18] 9/ 4 - 本土決戦に備え、上野動物園で動物の薬殺
1943[昭和18]10/21 - 学徒出陣壮行会
1943[昭和18] - 徴兵適齢を一歳引き下げられ、18歳以上になる。
1944[昭和19] 3/ 6 - 新聞の夕刊廃止
1944[昭和19] 7/18 - サイパン島陥落・大本営発表の放送
※この頃より日本本土への爆撃が可能になり、各都市が空襲にさらされる。
1944[昭和19] 7/18 - 東条英機内閣総辞職
1944[昭和19] 7/22 - 小磯内閣発足
1944[昭和19] 8/ 4 - 都市圏の学童集団疎開
1944[昭和19] 8/23 - 学徒勤労令、女子挺身勤労令を発令
1944[昭和19]10/3 - 「起て一億」の夕べ、日比谷公会堂から中継
1944[昭和19]10/19 - 日本空軍・フィリピン レイテ沖海戦で、神風特別攻撃隊を編成
1944[昭和19]11 - B29・80機の東京空襲
1944[昭和19]12/ 7 - 東海地方大地震
1945[昭和20] 2/17 - 硫黄島陥落
1945[昭和20] 3/ 6 - 国民勤労総動員令
1945[昭和20] 3/10 - 東京大空襲・およそ十万人が犠牲になる。
1945[昭和20] 5/ 7 - 日本の同盟国のドイツ降伏・日本は孤立
1945[昭和20] 6/22 - 戦時緊急措置法公布(内閣に独裁権限付与)
1945[昭和20] 7/17 - ベルリン郊外のポツダムでの会議で、大日本帝国に対する「ポツダム宣言」
1945[昭和20] 7/28 - 鈴木首相は、ポツダム宣言を黙殺する旨発表
1945[昭和20] 8/ 6 - アメリカ空軍、広島に原爆投下
1945[昭和20] 8/ 9 - アメリカ空軍、長崎に原爆投下
【日本国憲法施行へ】
1945[昭和20] 8/15 - 終戦の詔勅の放送
1945[昭和20] 8/22 - 東京愛宕山で集団自殺
(※その場所は、今でも柵に囲われた一画として残されています。)
右NHK放送博物館・愛宕山のサイレン(昭和6年撮影)
1945[昭和20] 9/ 2 - アメリカ艦ミズーリ号にて、降伏文書に調印
1945[昭和20] - 進駐軍向け「慰安婦養成所」設置
1946[昭和21] 1/19 - ラジオ「素人のど自慢
」始まる
1946[昭和21] 2/17 - 新円に通貨切り替え
1946[昭和21] 3/ 6 - 憲法改正草案要綱を発表
日本国憲法草案審議の地(地図)
「1946(昭和21)2月に連合国軍総司令部と日本国政府との間で、日本国憲法草案の審議をした跡地。この地に(財)原田積善会の本部があって、戦後に外務大臣官邸として使用されていた。当事者は総司令部側代表・民生局長ホイットニー准将、民生局次長ケーティス大佐、日本側は当時の外務大臣の吉田茂と法務大臣の松本烝治であった。八木通商㈱」と石碑にあります。
1946[昭和21] 5/ 3 - 極東国際軍事裁判開廷
1947[昭和22] 4/20 - 第1回参議院選挙
1947[昭和22] 5/ 3 - 日本国憲法施行
1947[昭和22] 7/ 4 - 初の「経済白書」が発表
1947[昭和22] - 学校給食始まる
1947[昭和22] - 隣組等の廃止
【東京タワー完成まで】
1948[昭和23] 3/15 - 民主自由党結成(総裁・吉田茂)
1948[昭和23]11/12 - 極東国際軍事裁判の判決が下る
1949[昭和24] 4/23 - 単一為替レート1ドル360円を決定
1949[昭和24] 6/ 1 - 郵政省・国鉄・専売公社発足
1949[昭和24] - 家庭裁判所発足・お年玉付き年賀はがき発売開始
1950[昭和25] 3/ 1 - 自由党結成(総裁・吉田茂)
1950[昭和25]12/ 7 - 「貧乏人は麦を食え」発言問題(by 池田蔵相)
1951[昭和26] 9/ 1 - 民間放送始まる
1952[昭和27] - サマータイム制が不評
で廃止に
1953[昭和28] 3/14 - 吉田首相の「バカヤロー」発言で解散
1953[昭和28] - 初の民放テレビ(NTV)発足
1954[昭和29]11/24 - 日本民主党結成(総裁・鳩山一郎)
1955[昭和30]11/15 - 自由党と民主党が合併して、自由民主党結成
1956[昭和31] 4/ 5 - 自民党大会で、初代総裁に鳩山一郎を選出
1956[昭和31] - NHKカラーテレビ実験放送開始 
1957[昭和32]10/ 1 - 日本、国連安全保障理事会の非常任理事国に
1957[昭和32] - 神武景気で三種の神器(冷蔵庫・掃除機・洗濯機)が売れる
1958[昭和33]12/23 - 東京タワー完成
参考・一億人の昭和50年大年表【毎日新聞】+学研「日本の歴史」